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私は優しくなんかなれない

昨年、転勤と同時に仕事が人事総務に変更になった。
根っからお祭り人間の私は本当に事務職・まして人事が嫌でしょうが無いのに
転勤になった店は直営売上全国1位のとんでもない店舗。

何がとんでもないって本当に忙しいし人手は足りていない。
売場だったらそれもやりがいに繋がるんだろうけど、人事なんて
全然モチベーションが上がらない。

みんなのプライバシーなんて知りたくも無いよ!!

やたらメンタル病んでる人多いよ!!

休職の手続きとか申請とか面倒くさいんだってば!!

あれ。
ねーちゃんはとしくんがいなくなった後
そういう人を理解したい・寄り添いたと思ったんじゃなかったっけ。
そのために勉強もしたし資格も取ったんじゃなかったんだっけ?

違うんだ。
理解して寄り添いたかったのはとしくんだったんだ。

なんて欺瞞なんという偽善。

特に今頭痛の種のねーちゃんと同じ年のおっちゃん。
会社から正当に評価されていないからメンタルがやばいだのやりがいが
感じられないだの会社で倒れたのはそのストレスからだから労災だろうとか

愚痴ばっか文句ばっか。

正当に評価されない原因はその責任の一端は自分にだってあるんだし
あんたが倒れたのは見るからに不摂生のその生活からくる生活習慣病だよ。

いっつも休憩室で寝ているだけのお仕事で来ているだけで
お給料もらって何が不満なんだろうね。

私はやっぱり変われないなあ。
こんな人に寄り添ったり優しくしたりできないなあ。

私が寄り添って話を聞いて何とかしてあげたいのは
としくんなんだよなあ。

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綴ること

私の母は、昭和12年生まれ。
大工職人の娘だったので、生活は貧乏。
でも多分当時の多くの庶民の一人だ。

母の青春時代は漫画『三丁目の夕日』そのものの世界で
企業に勤め、団地に暮らすサラリーマンというのが
憧れの家庭だったようだ。

高校を卒業して就職して一年ほどで肺結核を患い
三年間の入院生活。
退院して職場復帰して当時としてはちょっと遅い25歳で結婚。

7年後に一男一女を抱えて未亡人になり。

人間としてはフツーの感覚の人。
価値観も、この時代の人にしては先進的な面もあるが
それは女手一つで子供を抱えて世間と渡り合ってきたからであって
価値観自体はフツーの人。

筆不精であるしてマメでないので手紙や日記の類も
あまり書かない。

もし
母が当時からの日記を書いていたら
どんなものだったのだろう。
現在のように、キーボードを叩けば割合楽に
文章を綴れることが出来ていたら
母は自分の気持ちや感情をそこに綴っていただろうか。

私がとしくんのことや先に行ってしまった人たちのことを
綴るのは
自分の気持ちのやり場を作りたいという思いもあるが

としくんという人間がこの世にいたことを残したい。
誰かの目に止まってくれれば彼が存在していたという事実が残る。

そんな思いが一番大きいもの。

母は綴らない。
語る話も昔のことを、同じ話を何回もすることが多くなった。

せめて私は宙に出たその言葉を受け止めよう。
私の中で、言葉にして私の中で綴っていこう。

自分の中で消化されて、文章として綴って行ったら
そこに母の想いや気持ちも
混ざり込んでいるかもしれないから。

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怖くなかったの?

としくん


もう死んじゃってもいいやって
全部諦めて拒絶して
その日を迎えるためだけに生きていた

としか、思えないような感じだった。

目覚めない朝が来るかもって
思うことは怖くなかったのかな。

死んじゃってもいいやって
生きることは怖くなかったのかな。

ねーちゃんは
自分自身はまあそうなったらそうなっただ・とは思うものの
やっぱすっげー怖いよ?
明日の朝、目が覚めなくてもいいって
そんな風な眠りのつきかたはまだしていない。

警察の撮ったとしくんの写真は服を着ていなかった。
「これは、この状態だったんですか?」って聞いたら
「周囲の状況から自分で脱ぎ捨てたようでした」って言われたよ。

なーんだ。
やっぱり暑かったんじゃないか。
エアコンつければよかったのに。
何でコンセントから抜いちゃってたんだよ。

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としくんの文字

としくんがいなくなった後の事務手続きのいろんなことをしている中で

彼がその最期の住まいとなった場所の契約書を手にした。
初めは何も思わなかった。

突然気がついた。

これはとしくんの文字だ。
彼の書いた字だ。と。

大人になってから彼の肉筆なんてついぞみる機会はなかった。

ダビングを頼んだDVDのレーベルも
パソコンで入力・プリントアウトされた文字だったし
手紙のやり取りなんかしていないし。

わたしよりずっと上手な字だった。
男の子の手で書いたものと思えない、だから最初は不動産屋さんが書いた
女文字だと思ったのだ。

やや右上がりの癖が多少の線の細さを感じさせるものの
立派な綺麗な筆跡だった。

こんなにしっかりした文字を書くことができたのに
ねーちゃんよりよっぽど綺麗な字なのに。

字の綺麗な人はそれだけで何だか印象が良く
しっかりした人だと思ってしまう。

ねえ、としくん。
君は自分で自分を放り投げてしまったけど
絶対に君のそばにいた人たちは
君のことを信頼していたと思うよ。
君が思うより
ずっとずうっと
君のことをいい人・素晴らしい人だと思ってくれたと思うよ。

結果がダメだったからと言って
君の人間性がダメってことじゃないんだって

今更言っても遅いんだね。
何であの時ねーちゃんはそれがわからなかったんだろう。

バカなねーちゃんでごめんね。


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10月8日

また10月8日が巡ってくる。

最後となった警察立会いで
母と不動産屋の担当者が彼の部屋のドアに目張りをしたんだ。

これが剥がれなければ部屋に立ち入るという目印・合図。

毎年この日と12日はとてもいい天気な気がする。

ああ今日もいいお天気だなあ。

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